2011年4月23日土曜日

三つの箱から世間を覗く(第58回)

「喜びや悲しみ(私情)と式(公の場)」

(2011.4.23の朝のNHKニュ-スから)

○写真(遺影)を持って小学校の入学式に列席する二人の母親の姿が
ニュースで何度も流されていた。
(母親の辛さ・悲しみに対して、無情なことを言うことをお二人に許しを請うてから始めたい。)

裁判所などでの(斎場以外での)遺影を手にした姿に、
どうしても違和感を抱いてしまう人は、それなりにいるのではないだろうか?
ましてや、卒業式ではなく入学式である。
卒業式は、それまでの勉学が成ったことを証す場、「卒業証書」が渡される場であろう。
だから、卒業式の直前に亡くなった子供に卒業証書を渡すことも、
遺影で参加することも(まだ)わかる。
だが、入学式は、これからそこで学んでいく人・子供たちのスタートを切る場だ。
(可愛そうだが)学べなくなった子供には参加する資格はあるまい。
子供を失った親の「喪失感」を埋めるための行為であることは推測できる。
だが、「公的」、尚且つ「目出度い」場で、
そのような「私情」を晴らそうとするのは、いただけない、
というのが「大人」の見識というものだろう。

「式」とは何か?
なぜ、誰のために行うのか?

「出たい場」なのか「出なければならぬ場」か?
「成人式」と同じ。
出たくなければ、出なくてもいい「成人式」は、
その「原型」たる「元服(式)」とは、そこで決定的に異なるであろうなぁ…。
つまり、「(どんな)大人になるのかは自由」な社会なら、
成人式は「出なければならぬ場」ではなくなり、
騒いでもいい場になるのだろう。 

「自分の誉めてあげたい」、「自分へのご褒美」が溢れ、
「あなたの我儘かなえます」お店が増えてきた社会。
「我慢してはいけない」
「あるがままの自分が一番美しく、好き」な社会。
まだまだ、あるぞ、いくらでも。
「ジコチュー」社会に目を塞いで、
総理大臣や東電を責めたって…。

最後に、もう一度。子供を失った辛さには深い同情を抱いだいていることを述べておきたい。

だが、被災者がなぜ泣きわめかないのか?
耐える姿が「敬意」を抱かせ、
「同情心」を「見下す心」に変えることを防いでいるのだ。

「弱者」が「弱者」ゆえに「強者」に転化していることに、
「自らも、誰も気付かず、疑問に思わぬ、社会」の「将来」を想像してほしい。
このことを、強く強く言いたい。

2 件のコメント:

  1. 杉山@3期2011年4月25日 1:16

    「泣いていいんですよ。」

    娘を震災で亡くした被災者に対して、現地を訪問したTVキャスターの滝川クリステルが言っていました。

    「他の被災者の手前、大声で泣く事もできない。」
    その母親はおっしゃっていました。

    泣くまいとするその母親の気丈さ、倫理観に感動しつつも、TVキャスターって同情する仕事なんだと改めて思った瞬間でした。

    子供たちを無くした母親の入学式への出席の件、権利と義務の問題、感情=私情と言い切れるだろうかと思ってしまいました。
    それをことさらとりあげて報道する側、マスコミには問題はあるものの、もし、その自分が関係者だったとしたら、出席したいとという、その母親二人を止めることができないと思いました。

    マスコミが結びで必ず使う、総理大臣と政府への注文は大分嫌らしく感じるようになってきました。

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  2. 太田(3期生)です。
    ”子どもを思う親の気持ち”を前面に出すことに恥ずかしさを微塵も感じない
    人間の醜さについては、私も目を覆うことが度々あります。
    おそらく、遺影を持って入学式に出席する親、それを当たり前のように報道
    する機関というのは、入学式を「権利」であり「サービス」であると理解
    しているのではないかと思います。
    「権利」であり、「サービス」であるならば、本来参加の権利を得ていた
    わが子が亡くなったのだからそれを継承する、というのも理解できなくは
    ありません。
    「教育を受けさせる義務」という観点からは、こうした行動は説明できません。
    いじめで自殺した子どもの親が国や地方自治体を訴えるというのも、辛い
    気持ちは十分分かるものの、本来は子どもの異変に気付かなければ
    ならなかった自分を先ずは責めるべき話であり(義務)、国や学校の管理
    (権利)の不全を声高に主張するのは非常に不気味に感じます。
    義務のないところに権利はなく、順番としては義務の次に権利であるはず
    なのですが。

    ○自らの義務を省みず権利のみを声高に主張する
    ということと、
    ○恩恵への感謝を微塵も感じることなく、不平不満ばかり口にする
    ということは、同根であるように思えます。
    (2011/4/23 14:45)再投稿

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